地域・大学インタラクション型の学習事業
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神戸山手短期大学
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神戸は、移民船のメッカだった ブラジル移住100周年〜「地域学」学外授業
 マリンポートツーリズム2008年度第2回学外授業

「魅力調査」(マリンポートツーリズム)部門

日 時:

4月27日(日) 13:00〜14:50

会 場:

神戸波止場町TEN×TEN

参加者:

「地域学」受講生など12名
および引率者1名(村上和子教授)

講 師:

楠本利夫氏(芦屋大学教授)


学外授業内容

【概略】 
  本学村上教授が理事長を務めるNPO法人神戸グランドアンカー主催「神戸みなと塾」に、「地域学」(月曜日2限、村上教授担当)の受講生など12名が学外授業として参加しました。この日、会場の波止場町TEN×TENは、今ニュース等でも話題になっているブラジル移住100周年をテーマにして、「ブラジル移住100周年記念講演 ◆移住坂〜神戸発世界行き◆」と「ブラジル移住100周年資料写真展」を開催していました。4月27日は、神戸港から初めてブラジルへ移住船が船出して、ちょうど100年目にあたる日の前日です。
 学生たちは、多くの社会人や専門家たちに混じり、「移住坂〜神戸海外移住史案内」の著者であり、神戸の国際交流に詳しい楠本利夫氏の講演に熱心に耳を傾けていました。100年前に神戸の港から遠い異国へと旅立った移民の歴史や、知られざるエピソードなど貴重で興味深いお話を伺うことができました。

【講演内容】
 移民の歴史について、神戸の歴史と重ね合わせながらの詳細な解説がありました。以下、配布資料に書かれていたアウトラインをご紹介します。


◆移住坂〜神戸発世界行き◆
1. 海外移住者と海外日系人
 (1)海外移住者・・・104万人:戦前78万人、戦後26万人
 (2)海外日系人・・・250万人

@ブラジル(130万人) A米国(100万人) Bペルー(8万人)

Cカナダ(6.8万人) Dアルゼンチン(3.2万人)


2. わが国海外移住の歴史〜日本人の世界展開〜
 (1)ハワイ移住:「元年者(がんねんもの)」:日本人初の組織的海外移住者
 (2)ブラジル移住:第1回ブラジル移民船・「笠戸(かさと)丸」

@

笠戸丸の航海 1908(明治41)年4月28日午後5時55分神戸出港
 →6月18日サントス入港

A

笠戸丸の乗客

B

笠戸丸の運命

 (3)移民宿
 (4)国立神戸移民収容所(神戸)

3. 海外移住者と祖国日本
 (1)ブラジル(サントス):「日本移民上陸記念碑」1998年6月19日(笠戸丸90年)
 (2)横浜:「海外移住資料館」(JICA横浜) 2002年10月 国が設置
 (3)神戸:「神戸海外移住者顕彰事業」 市民運動

@

「神戸港移民船乗船記念碑」:2001年4月28日除幕式
 (21世紀最初の笠戸丸出港日)

A

「海外日系人会館」

B

「移住坂」(仮称):移住者が移民収容所から移民船へ向った坂道

 

 現代における問題として、1990(平成2)年の「改正入管法」施行により、海外日系人(3世まで)に「定住者」の在留資格で入国が認められることとなったため、就労目的の日系人の来住が激増し、地域社会に教育、医療、住宅、文化摩擦など新たな課題がでてきていると指摘されました。

読売新聞の記事に 学生の
コメントが載りました。
【08年4月28日 朝刊
 22面 地域面】(PDF)

※この記事・写真等は、読売新聞社の
許諾を得て転載しています。
 読売新聞社の著作物について

 神戸はみなと町だからこそ、移民にまつわるエピソードがたくさんあります。今では、日本に帰る故郷をもたない「ブラジル移民さん」たちにとって、神戸は日本のふるさとになっています。
  100年前、神戸港から船出し、ブラジル移民第1号となった移民船が着いたとき、「移民さん」たちはブラジル人記者に「なんと清潔な人たち。これまでに出会ったどの国からの人たちよりとても清潔。それに多くの人が字が読めて書く事も出来る。この人たちは、将来ブラジルの力になるだろう」と絶賛されたそうです。
  ブラジル移民100年の歴史の中には、多くの移住者たちの筆舌に尽くしがたい苦難がありましたが、今では150万都市の神戸と匹敵する、140万人の日系ブラジル人が現地で活躍されています。今年は「日本ブラジル交流年」でもあります。彼らが、日本とブラジルの国際交流や経済交流の大きな架け橋、大きな力になっていることは言うまでもありません。
 

【学生たちの感想】 
 ・「移民」は「棄民」。棄民は暗いイメージがあるからと、誤解や偏見をもたれたこともありました。今日では、全国的にも「移民」といわず「移住」の言葉が使われています。もともと移民は「イミグレーション」から日本語の「移民」になったもので、美しい日本のことばです。卑しい意味などどこにもないのにと、先生が話されたことがとても印象に残りました。

 ・神戸の人たちは移民していく人たちを「移民さん」と呼んで、身近な存在として温かく迎えていたのに、なぜか「移民」は「棄民」として見るようになってしまった、ということをお聞きして、時代の移り変わりは、とても早いなあと思いました。

 ・移住していく人たちは、日本での思い出をとても大切にしています。私ははじめて聞く話に、講演中「なんで」「どうなのかしら」「どんな気持ちで行ったのだろう」と思うことや、気になることがいっぱいありました。

 ・神戸で移民の歴史が忘れ去られようとしていたが、消えずにこのような講演が聞けてよかったと思う。移住して行った人たちがどのような生活をして、どのような苦労をしてきたのか、多くの人たちも知るほうがいいと思った。

 ・私は神戸生まれなのですが、あまり神戸という町を知りませんでした。しかし、「移民さん」と言って、温かく移民を受け入れたり、港町だから、新しいことに挑戦する町だということも理解できました。これからは神戸の町のことを聞かれたら、たくさん自慢できるように、色々な歴史や文化を学んでいきたいです。

【考察】
 移住者が出発まで過ごした施設「旧移住センター」は本学の数百メートル東の位置に建っています。日頃、学生たちはその建物を間近で目にしていることもあり、興味深く講演に聞き入っていました。100年前たくさんの「移民さん」たちを温かく送り出した神戸の町の歴史、および移民の苦難の歴史を知ることによって、学生たちは、いま神戸に住むその子孫である日系ブラジル人に対して新たな理解と友好の目を向けることができ、また神戸という国際的な港町の歴史、風土、文化について再認識できたと考えます。